皆さんはもう『マイリトルゴート/My Little Goat』をご覧になったでしょうか?
この作品は、あの『PUI PUI モルカー』を手掛けた見里朝希(みさとともき)監督が学生時代の修了制作として監督した作品です。
その完成度の高さは国内外でもかなり話題になっていて、国際短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2019」では、ジャパン部門優秀賞にも輝いています。
10分程度のショートフィルムながら、社会問題も内包したかなりディープな作品に仕上がっているため、描いているテーマを考察する楽しみもある作品と言えるのではないでしょうか!
そこで、今回はネタバレを含みながら、この作品が描いているテーマについても考察していきたいと思います。
マイリトルゴートのあらすじ
『マイリトルゴート』はお母さんヤギがオオカミに食べられてしまった子ヤギたちを助けるシーンから始まります。
食べられてしまった子ヤギは全部で6匹。
1匹ずつ順調に助けていきますが、長男のトルクだけが見つかりません。
その後、お母さんヤギはやっとの思いでトルクを見つけることができましたが、再びオオカミが家にやってきて…というお話です。
マイリトルゴートのネタバレ解説まとめ
予告編動画だけでもかなりダークな雰囲気ですよね。
これ以降はネタバレを含んだ解説になりますので、「まだ見てない!」という方は気を付けてご覧ください。
元ネタはグリム童話の『狼と七匹の子山羊』
『マイリトルゴート』の元ネタは、グリム童話の『狼と七匹の子山羊』です。
『狼と七匹の子山羊』あらすじ
お母さん山羊と7匹の子山羊がくらしていた。お母さん山羊は街に出かけることになり「誰が来ても決してドアを開けてはいけませんよ」と子山羊たちに言い聞かす。しかし、子山羊たちは狼に騙されてドアを開けてしまい、末っ子を残して全員食べられてしまう。
唯一助かった末っ子から事情を聴いたお母さん山羊が、満腹で寝ている狼のお腹をハサミで切り、中から子山羊たちを助けだす。そして、子山羊の代わりにお腹に石を詰め込み、縫い合わせる。
起きた狼はお腹に石が詰められていることに気づかない。そして、井戸で水を飲もうとした時に石の重さで井戸の底へ転落してしまい、命を落とす。
この物語、読んだことある人も多いのではないでしょうか?
見里監督はこの物語を読んだときに「お母さんヤギが狼の胃袋から子ヤギたちを助け出す頃には既に消化活動が始まっているのでは?」と疑問に思ったそうです。
『マイリトルゴート』はこの率直な疑問から生まれた作品なんですね!
この作品はグリム童話「オオカミと7匹の子ヤギ」をモチーフにしています。作ろうと思ったきっかけは本当に単純で、お母さんヤギが狼の胃袋から子ヤギたちを助け出す頃には既に消化活動が始まっているのでは?と、きっと誰もが一度は疑問に思ったところから物語を考え始めました。#マイリトルゴート pic.twitter.com/SQzt9DqigQ
— 見里朝希 / Tomoki Misato (@Mitotoki) June 21, 2020
そして、『マイリトルゴート』の冒頭シーンでは、さっそくこの疑問が体現されることになります。

お母さんヤギが必死に子供たちを助けようとしますが、オオカミのお腹の中にいたせいで、子ヤギたちはみんな毛皮が剥げ、肌も焼けただれてしまっています。
そして、一番最初に食べられた長男のトルクに至っては完全に溶かされてしまい、骨だけの姿になってしまいました。
このシーン、とても人形アニメとは思えないほど残酷に描かれています。
作品のテーマは「親の愛情の狂気」
見里監督はインタビューの中で、この作品のテーマを「親の愛情の狂気」だと語っています。
テーマは親の愛情の狂気です。
この作品を通し、親の行き過ぎた愛情は果たして正義なのか?という疑問を観る人に示したかったのです。
ネグレクトは問題視されるし犯罪ですが、過保護は犯罪ではない。しかし、子どもに自分について学ばせる機会を失わせます。
一方的な愛情に対する違和感を余韻として残したいと思い制作しました。
引用元:ねとらぼ
『マイリトルゴート』には、“お母さんヤギ”と“夏希のパパ”という2人の親が登場し、両者とも子どもたちに対して過剰な愛を抱いている様子が描かれています。

しかし、その愛情が時に子どもたちを深く傷つけることにもなるわけで…。
その生々しくも残酷な描写は、思わず目を覆いたくなるようなシーンもあります。
見里監督、容赦ないですね。
親の愛情の狂気①:お母さんヤギ
まずは、お母さんヤギの狂気から見ていきましょう。
息子を失った悲しみで男の子を誘拐

お母さんヤギは子ヤギの長男トルクの死を受け入れられず、ある日1人の人間の子供を誘拐してきます。
彼の名前は夏希。
夏希は抵抗しますが、無理やり小屋に連れていかれ「あなたはトルク」「私はお母さんよ」と言い聞かせられます。
しかし、ヤギと人間であるため、夏希の様子を見る限り、お母さんヤギの言葉を理解できていない様子。
また、連れてこられた小屋には、オオカミに食べられた影響で外見が歪んでしまった子ヤギたちもいます。

ボロボロの小屋の中で、見た目が歪んだヤギたちに囲まれ、しかも言葉が通じない…。
お母さんヤギに誘拐の自覚があったのか、それとも本当に夏希をトルクと思いこんでいたのかは明確に描かれていませんが、夏希にとっては恐怖以外の何物でもないですよね。
この小屋に連れてこられてからしばらくは、夏希の顔はずっと恐怖に歪んでいました。
子どもたちを外の世界から隔離

お母さんヤギは子どもたちをとても愛しています。
しかし、愛しすぎるあまり子どもたちは小屋の中に軟禁状態です。
「外には怖いオオカミがいる。だから、絶対にドアを開けてはいけない」と言い聞かせ、小屋の扉を固く閉ざしているお母さんヤギ。
子どもたちを徹底的に外の世界から隔離することで、その安全を確保しようとしているのが分かります。
また、物語中盤で夏希のパパ(=オオカミ)の侵入を許してしまい、再び子どもたちが襲われた際には、躊躇なくスタンガンをお見舞いし、夏希のパパを退治。

その後、切り裂いたお腹に石を詰めて川に沈めています。
この一連のシーンは一見すると子供たちを守っている行動にも見えますが、子供たちは外の世界の危険について学ぶ機会を奪われていると捉えることもできますね。
実際、ラストシーンでは
- 川に浮かんだ夏希パパの靴(子どもたちの脅威となる存在)
- 意味深に響き渡るヘリコプターの音(何かが迫っているという暗喩?)
が強調して描かれていますが、子どもたちは外の世界で何が起こっているのか全く理解をしていないんです。
しかも、お母さんヤギはこの一件があって以降、小屋のドアのカギを増強し、出かけるときにもトラバサミを装備していて、外の世界からの隔離をさらに強化していることが伺えます。

トラバサミとは、狩猟用の罠のこと。
小屋に近づくオオカミを排除するためのものだと思われます。
ラストシーンはとっても明るい雰囲気で描かれるため、ついハッピーエンドに見えてしまうのですが、こういった問題がいまだ内包していることを忘れていはいけないですね。
トラウマからの逃避
子ヤギたちは、オオカミに食べられた影響で外見が歪んでしまいました。
お母さんヤギは、そんなトラウマから子ヤギたちを守るため、
- お互いの見た目のことに触れてはいけない
- 鏡に近づいてはいけない
と言い聞かせます。
ですが、逃げ回る夏希を追いかけた拍子に鏡の前に立ってしまった子ヤギたちは、鏡に映った自分の姿を見てしまうことに。

歪んでしまった自分の姿を見た子ヤギの1人は、思わず泣き出してしまいました。
このシーンは、子どもたちをトラウマから守るための行動が、結果的に子どもたちが自分のことを理解する機会を奪っていたことを示しているようにも思えます。
また、「子どもたちが今の外見を自覚することは耐えられない」とお母さんヤギが勝手に判断し、それを隠そうとする行為は、今の子ヤギたちをお母さんヤギが否定することにもつながりかねませんよね。
しかも、ラストシーンでは夏希がヤギたちと一緒に暮らしている様子も描かれていますが、夏希も含めた子どもたちは全員違う動物のフードを被っています。

これは恐らく、夏希が「一人だけ人間である」という事実を認識させないために、お母さんヤギがやったことでしょう。
本質的には、子ヤギたちにトラウマからの逃避を促していたのと同じ行為です。
子どもたちにとっては、外見も含めた自分をしっかりと認識し、そのうえでアイデンティティーを持たせてあげることが大事ですよね。
このままだと、子どもたちは永遠にその機会を逃すことになってしまいます。
親の愛情の狂気②:夏希のパパ
続いて、夏希のパパの狂気について見てみたいと思います。
夏希への虐待

この作品の中で、夏希のパパはオオカミとして描かれています。
つまり、子どもたちにとっては脅威となる存在です。
ヤギたちの小屋で夏希を見つけたパパは、夏希をぎゅっと抱きしめた後に態度が豹変。
息を荒げながら夏希の身体に顔をうずめていたと思ったら、嫌がる夏希の服を無理やり脱がしていきます。
夏希を守ろうとする子ヤギたちへの攻撃的な態度や夏希の腕に青あざがあることからも、夏希のパパは虐待の常習犯であることが伺えます。

※夏希パパが夏希を虐待するシーンは、かなり生々しく描かれているので、覚悟を持ってみた方がいいかもしれません…
虐待は愛情の裏返し?
しかし、夏希のパパは夏希が憎くて虐待をしているのではないと思われます。
むしろ逆で、夏希を愛するあまりとってしまった行動が今回の虐待なのかなと。
その根拠としては2つあって、1つは夏希パパは誘拐された夏希を探していたという事実です。

もともと夏希パパが小屋にやってきたのも誘拐された夏希を探していたからで、愛情がなければそもそも探しもしないはず。
また、お母さんヤギが夏希を誘拐している冒頭のシーンでは、密かに夏希を探すパパの声が聞こえてきます。
お母さんヤギが男の子をさらうシーン。
よーーく耳を澄まして聞くと、男の子を探す父親の声が聞こえます。#マイリトルゴート pic.twitter.com/ex3j1LnpZy— 見里朝希 / Tomoki Misato (@Mitotoki) June 27, 2020
このことは見里監督本人もTwitterで紹介していました!
つい見逃してしまいそうですが、本当に細かいところまで演出にこだわっていることが分かりますね。
そして、2つ目の根拠は夏希パパのスマホの待ち受けです。
パパが夏希に襲い掛かった時にスマホのロック画面が映し出されました。

そこには、幸せそうに笑う夏希と夏希ママの姿が…。
本当なら幸せになれるはずだった家族だったと思うと、なんだか切なくなりますね。
ちなみに、見里監督によると、もともとは夏希パパを主人公にすることを想定していたとのこと。
一番最初は、お母さんヤギにさらわれた息子を助けるためにヤギの家に迷い込む父親の話を描こうとしていました。(結末は変わりませんが…。)しかし、肝心のヤギが活躍する場面がほとんど無く、面白みに欠ける為、実際にさらわれる息子の方を主人公にして描くことにしました。#マイリトルゴート pic.twitter.com/AstsLrqUpc
— 見里朝希 / Tomoki Misato (@Mitotoki) June 27, 2020
ツイートを読む限りだと、最初の設定では本当にただの善良なパパだったんでしょう…。
ヤギたちの活躍の機会を与えるためだけに虐待要素を加えたのだとすると、やっぱりパパから夏希への愛情はしっかりあったんだということが分かりますね!
ですが、最後にはお母さんヤギに川に沈められることになってしまいます…。
マイリトルゴート視聴後の感想

『マイリトルゴート』はテーマが重いので見る人を選ぶ作品だと思いますが、個人的にはかなり評価高いです。
特にスゴイなと感じるところは、童話的ストーリーの中に限りなく現実感を演出している点です。
元ネタがグリム童話というだけあって、物語的なストーリーが展開されつつも、所々に「人間」「誘拐」「虐待」「スマホ」「ヘリコプター」といった現実世界を連想させる要素がでてくるので、なんともいえない世界観が生まれているのかなと。
だからこそ無視できないし、独特な恐怖感が芽生えます。

例えば、お母さんヤギがオオカミのお腹を切り裂いて石を詰めるシーンなんかは、童話としてみるとそこまで抵抗感なくスッと入ってきますが、現実世界でそんなことが起きたとすると途端に猟奇的な事件に認定されますよね。
そういう現実感が演出されることで、物語のダークさが際立ちますし、メッセージ性もかなり強化されています。
そして、決してハッピーエンドとは思えないんだけど、なぜか何度も見たくなるような不思議な作品であるのも確かで、この作品を作り出した見里朝希監督には本当に脱帽です…!
マイリトルゴートの設定資料まとめ
そんな独特な世界観を作りだしている『マイリトルゴート』ですが、見里監督はTwitterやInstagramで色々な設定資料を公開してくれています。
ヤギたちの小屋が廃墟だった理由は?
夏希が連れてこられたヤギの小屋はかなり荒れ果てていましたよね。
これは、見里監督があるゲームの影響を受けたからなんだとか!
昼間のヤギの家。廃墟な感じは当時ハマっていた「The Last of Us」の影響を受けてます。つい先日続編がついに出ましたね…。早くプレイしたい‼#マイリトルゴート pic.twitter.com/YNiAah3M5D
— 見里朝希 / Tomoki Misato (@Mitotoki) June 22, 2020
『The Last of Us』は2013年に発売されたゲーム。
ジャンルはサバイバルホラーアクションです。
夏希はなぜ森にいた?
お母さんヤギは夏希をどこから誘拐してきたのか、そのヒントになるような設定がありました。
それがこちらのラフ案。

右下にあるメモ書きを読んでみるとこんなことが書いてあります。
バーベキュー 父が焼そばを作ってる
夏希は父親とバーベキューに来ていたようですね!
そこからはぐれた時にたまたまお母さんヤギと遭遇→誘拐されてしまったんでしょうか!
ボツ案ではトルクのお墓があった
また、これはボツ案になってしまったそうですが、夏希はお母さんヤギに攫われてきたのではなく、自ら迷い込んできたという設定もあったそう。
主人公ナツキがヤギの家の庭に迷い込むという没案。
この時は長男トルクのお墓が存在していました。#マイリトルゴート pic.twitter.com/TTpefZy9X2— 見里朝希 / Tomoki Misato (@Mitotoki) June 28, 2020
その時は、トルクのお墓も描かれていたようです。
この設定だと今とは全然違う世界観で描かれていたかもしれませんね。